仏と呼ばれたウーパールーパー

薄暗い部屋の片隅に、水槽が1つ置かれている。中では、黒いウーパールーパーが気持ちよさそうに泳いでいる。

 

水槽の前に座り込み、それを眺めている男が1人。どれだけそうしているのだろうか。男の頭の上にはホコリが溜まっている。心なしか、ウーパールーパーの動きにも恥じらいが見え隠れし始めた。

 

突如、男の体がビクッと動いた。男はおもむろに立ち上がり、戸のある方へ速歩きを始めた。

 

暗い部屋に光が流れ込む。男は目を細めながら、明るい部屋の中央へ向かい、右手で五角形のそれを持ち上げ、パチリと置いた。

 

「…参りました」

 

向かいにいる男が呟いた。

歴史が動いた瞬間である。

 

木村 心菩飼(きむら しんぼかい)、弱冠4歳の出来事である。当時の将棋界の絶対王者である藤村 聡二郎を圧倒し、世間を騒がせた。

藤村は対局に関してこうコメントした。

 

「反省の余地はない。私は完璧に打った。だが、負けた。それだけである」

 

 

 

 

 

 

 

 

心菩飼は、東北の農村に生を受けた。両親は「心に菩薩を飼っているくらい優しくなって欲しい」という願いを込め、我が子にこの名を授けた。

 

心菩飼は変わった子であった。

実家で飼っている黒いウーパールーパーを見始めたかと思うと、朝から晩まで水槽の前から離れないことがよくあった。不思議なことに、隣の水槽のピンクのウーパールーパーには目もくれなかった。

 

心菩飼が始めて発した言葉は、「将棋」であった。「ママ」でも「パパ」でもなく、「将棋」であった。

なにかの思し召しであると感じた両親は、試しに心菩飼を将棋教室へ連れて行った。

すると、将棋教室の室長は、心菩飼を見るなり、枯れた涙を流してこう言った。

 

「仏様…」

 

心菩飼の物語はこの瞬間から始まったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

心菩飼は対局中、暗い部屋に連れ込んだ黒いウーパールーパーをじっっっと眺める癖があった。

棋士の中には、独特の方法で集中力を高めて次の一手を考える者は少なくない。心菩飼のそれも、それらの一種であると世間は考えていた。

 

藤村との対局のあと、心菩飼は取材陣の質問にこう答えたという。

 

「私は将棋をしていません。ウーパールーパーに伝えられたことを粛々と実施しているだけです」

 

 

この一言に食らいついたのはメディアである。いつからかそのウーパールーパーは、将棋教室の出来事になぞらえて「仏様」と呼ばれるようになった。

 

しかし、仏様もいつしか衰弱し、食事をする体力すらも失っていた。

すると、仏様は陸へ出て、体の脂肪や水分を極限まで減らし、地面へと潜った。

 

こうして、仏様は文字通り即身仏となった。

仏様として人々の心のなかで生き続けるんだウパ。