初めは鼓膜を微かに震わせるその音を、私は気にも留めていなかった。

それよりも、試合に向けた精神統一に集中する。

 

しかし、気にも留めない、と思えば思うほど、壊れたラジオのように一定のリズムで繰り返すその音は、意識の奥深くへと介入してくるのであった。

 

 

「〇〇〇〇〇、〇っ〇ー〇!・・・〇〇〇〇〇、〇っ〇ー〇!・・・」

 

よく聞いて見ると、どうやら無意味な音の羅列ではなく、誰かが発している声のようだ。一体何と言っているのだろう。

 

・・・いや、考えるのはよそう。私の出番までの猶予は幾許ないのだ。

 

私は、辛くも充実した修行の日々に思いを馳せた。

師匠や兄弟子、寮のおばちゃん(セフレ)、、、彼らの助力なしに今の私はないと断言できる。

 

「時間です」

 

係の者が呼びに来る。私がろうかに出る頃には、例の声は消えていた。あの声はなんだったのだろうか。私は係の者に問うてみた。

すると彼は

 

「いやあ、私にもわからないんです」

 

と答えた。私は、そうですか、と答え、釈然としないながらも試合に気持ちを切り替えた。

 

「・・・関係あるかわからないんですが」

 

不意に彼が口を開く。私は彼の口元の動きに刮目した。

男は続けた。

 

「あなたを迎えに行く途中、すれ違った人たちが、「さっきの、なにが裏返ったんだろうな」と話していましたね。関係あるかはわからないですが」